イントロダクション

AIの急速な普及と市場の成熟が進む現代において、顧客に選ばれ続けることが難しくなっています。多くの企業が価格競争や他社との差別化に消耗する中、今改めて重要視されているのが、本質的な「顧客思考」に基づいたマーケティングの実践です。

今回は、独自の「カテゴリー戦略」を掲げて数多くの企業の成長を牽引し、現在は顧客起点を軸とした支援活動で広く活躍されているsuswork株式会社代表の田岡凌氏に、HeyKnot代表の永山がインタビューを行いました。

テクノロジーが当たり前になるこれからの時代、顧客との関係性をどのように築いていくべきか。変化の激しい市場を勝ち抜くためのCRM活用の本質と、事業を伸ばすための具体的なステップを伺います。

田岡 凌(たおか りょう)|suswork株式会社 代表取締役 京都大学を卒業後、ネスレで「ネスカフェ」「ミロ」などのブランドを担当。外資系企業のブランドマーケティング責任者やマーケティングスタートアップのCMOを歴任し、その後にsuswork株式会社を創業。現在は同社の代表として、スタートアップから大企業まで数十社の事業成長とカテゴリー戦略を支援している。著書『急成長企業だけが実践するカテゴリー戦略 頭に浮かべば、モノは売れる』(クロスメディア・パブリッシング)は、「実務者が選ぶマーケティング本大賞2025」で大賞を受賞した。株式会社Sales Marker外部顧問、ギャラップ社認定クリフトンストレングスコーチも務めている。

カテゴリー戦略とは、顧客の頭の中で一番になることを指す

──まず、カテゴリー戦略とは何かを教えていただけますか。

田岡:カテゴリー戦略とは、顧客の頭の中で一番になるための考え方です。多くの中小企業にとって、顧客に選ばれ続けることは簡単ではありません。だからこそ「自分たちは何のナンバーワンなのか」を常に考え続け、ナンバーワンであるからこそ、大手ではなく中小企業の自社が選ばれていく。その構造をどうつくるかが、とても重要だと考えています。

──ナンバーワンになるとは、どのような意味でしょうか。

田岡:顧客の頭の中でナンバーワンになる、ということに尽きます。よく勘違いされるのが「競合ナンバーワン」や「認知トップ」という言葉ですが、これらはあくまで自社目線です。本当に大切なのは、顧客にとって何の一番なのか。まずは自分たちが顧客からどう認識されているのかを、正しく理解することが何より大切です。

ナンバーワンの答えは、顧客に会いに行った先にある

──自社が何のナンバーワンなのかを見つけるのは、非常に難しいと感じます。どうすれば見つけられるのでしょうか。

田岡:最も重要なのは、顧客に会うことです。自社が何のナンバーワンなのかは、社内で考えると見誤ることが多い。そうではなく、顧客に直接「うちの会社を何だと思いますか」と尋ねてみる。答えがそのまま使えなくても、現状の認識を正しく理解できれば、それを活かしていけます。認識は、一気に変えられるものではありませんから。

あわせて手がかりになるのが一人の深い顧客、いわゆるN1の存在です。その方が自社をどう認識しているのかを、カテゴリーの手がかりとして確かめていくんです。一方で、今はAIの登場でビジネス環境が大きく変わり、新しいカテゴリーは顧客の側から生まれてきます。次に定義するカテゴリーは、できるだけ顧客起点で、しかもシンプルに。新しいけれども、きちんと伝わる言葉を丁寧に定義していく必要があります。

──営業活動において、売り手の目線と買い手の目線は大きく異なると思います。顧客目線を身につけるには、どうすればいいのでしょうか。

田岡:『顧客志向の仕事術』という本でもお伝えしているのですが、おすすめは顧客との総接点時間を増やすことです。シンプルに言えば、パソコンを閉じ、会議室を出て、顧客に会いに行く。社内の人と関わり合っているからこそ社内についての仮説が持てるように、顧客にたくさん会えば、顧客についての仮説が持てるようになります。

顧客が口にする言葉よりも、その行動を見ることが大切だと思っています。何をどのように見て、どう選び、今どう活用しているのか。そこを見ていくと仮説がぐっと鋭くなります。顧客志向とは、顧客に会い、その行動から思考を読み取っていくことだと思います。

──ウェブ会議で画面越しの顧客が口にする言葉よりも、生身の顧客に会い、顧客の環境や行動、些細な違和感から「思考」を読み取る。もっとも大事なポイントだと感じました。

田岡:社内であれば自然とわかることが、顧客に対してはわからない。理由は単純で、一緒にいないからです。同じ空間に長くいれば、集まってくる一次情報の量がまったく違う。ですから顧客に会いに行くことこそ、AI時代にもっとも求められる行動だと思います。

写真右 田岡氏

AI時代だからこそ、人が現場で本音を引き出す

──これまでの営業やマーケティングは、商談回数を増やすために効率を追求していくことが重視されてきました。AI時代は、ある意味その逆を行っているのかもしれませんね。

田岡:そうですね。顧客の分析や提案書づくりはAIに任せられます。一方で、顧客の本当の課題は、行動を見なければ気づくことはできません。顧客に会いに行くことは、むしろ人間が担うべき仕事なのだと思います。

人が得意でAIが苦手なことを一つ挙げるとすれば、私は飲み会だと思っています。非常に非効率ですが、顧客の本音を引き出す場になります。意見は嘘をつくものですから、本音を引き出して行動を読み解くのは、人のほうが得意かもしれません。

──顧客の行動を見ることが大切だというお話でしたが、どのように見ていけばよいのでしょうか。

田岡:行動は、4W1Hで考えるとわかりやすいと思います。ファクトベースで並べるのであれば、とあるイベントを広告経由で知って参加し、気になった商材を見つけました。何度かメルマガでイベント情報を受け取っていくうちに、もう一度知りたくてウェビナーに参加した、という流れがあったとします。ところが、CRMで誤った使い方をすると、リードソースに「ウェビナー」とチェックするだけで、定性的な情報がすべて抜け落ちてしまう。これでは、ジャーニーになっていません。4W1Hを、ただ素直に明らかにしていく。それが大切だと思います。

──顧客の本当の声や思いがフィルタリングされてしまうのは、CRMに入力する段階で、“管理しやすい項目”に整えられるからだと思います。最近はAI議事録ツールの普及で状況が変わってきましたが、AIは事実を漏れなく残す役割、人はその事実から顧客の関心や次に必要な打ち手を読み解く役割だと思います。

田岡:人がきちんと現場に足を運び、隠れたところにある真実に潜っていく。そして、自分が人間だからこそ開示してもらえる、ということを大事にする。こちらが心を開くからこそ、相手も開いてくれる。それをいかにリアルに機能させていくかが、とても重要だと思います。

本音は引き出すのではなく、一緒に言葉にしていく

──かつては「プレイブック(営業の型)」が流行し、こういう課題にはこういう話を当てる、というテンプレートがありました。もっとも、本音を「引き出す」という言い方そのものが、少し違うのでしょうか。

田岡:自分が本当に思っていることを伝えられる人は、ごくわずかです。一人では言語化できない。ですから「引き出す」というよりも、一緒に潜っていく感覚に近い。相手の内面に潜り、本当に抱えている課題を一緒に言語化していく。言葉にすると、認識できるようになるのです。

ある意味で、テレビのMCのような仕事です。話を振り、深く掘っていくと、その人ならではの考えや体験が出てくる。それがいちばん面白いのだと思います。

──私はよく田岡さんのセミナーに参加させていただきますが、参加者に「どう思いますか」と問いかけていらっしゃる姿をよく拝見します。端から見ると、少し戸惑うような意見も拾って、とてもポジティブに変換されている印象があります。

田岡:ポジティブだからこそ、話そうという気持ちになるんだと思います。怒られる、否定されると感じれば、開示できなくなる。きっとうまく料理してくれる、という安心感があるからこそ、開示できると思います。いわば、テレビ番組のひな壇ですね。

そして、私はそのひな壇こそが主役だと思っています。MCの手元にあるのは素材だけで、その本当の魅力を引き出して、新しい価値をつくっていく。相手がAIであれば開示する理由も安心感もありません。互いのコミュニケーションが信頼関係に繋がっていくんだと思います。ビジネスにおいては、営業もマーケティングもカスタマーサクセスも、まさにそこが問われる領域だと思います。

要約ではなく一次情報をそのまま残す

──お話をうかがっていると、顧客に会い、行動を見て、一次情報を積み重ねることが大切だとわかりました。これを組織全体でやっていくとなると、やはりCRMへの蓄積が鍵になると思います。田岡さんが支援される中で、うまくいった例があれば教えてください。

田岡:BtoBであれば、顧客との接点をすべて記録に残すことです。おすすめは、要約を重視しないこと。要約してしまうと、丸められた、傾向だけの二次情報になってしまうからです。顧客がどう判断したのか、そこにこそ事実がある。それをすべて同じ場所に入れ、AIですぐに分析でき、誰でも引き出せる状態をつくることが大切です。

もっとも大事なのは、顧客との本当の会話ログという一次情報です。なぜか何度も口にしているキーワードや、「ここで間が空いた」という瞬間のあとに発せられた言葉に、価値があったりする。少なくとも一次情報として文字起こしを残し、そのまま共有する。要約を書いてもかまいませんが、一次情報が会社の資産になっている状態を、できるだけ早くつくることが大切です。

──要約共有はAI議事録が普及したことで多くの企業に根づいた文化ですが、たしかに二次情報でもありますね。

田岡:二次情報より、一次情報のほうが良いと思います。一次情報というと、音声や映像だけだと思われがちですが、それはごく一部にすぎません。間や、空気感、オフィス全体の風景も、すべて一次情報です。全社で接点回数を増やすのであれば、顧客を招いたイベントを開いて、全社員を送り込む。顧客が100人いれば、100人分の接点で解像度が上がる。だからこそ、カンファレンスやオフラインのイベントには、とても大きな意味があるのです。

Zohoは顧客起点のカテゴリーで広がっていく

──ここからは、Zohoについて伺います。SFAやCRMのカテゴリでいえば、Zohoは現在発展途上だと思います。Zohoが今後、このカテゴリーの中で想起されていくとすれば、田岡さんなら、どのようなアプローチをされますか。

田岡:いちばん重要なのは、顧客起点のカテゴリーをつくることだと思います。そもそも、日本のビジネスパーソンにSFAやCRMという略語は伝わらない、というのが実際のところです。これから5年、10年で広げたい中小企業の顧客が、思い浮かべる言葉になっているか。

関係者一人が理解するだけでは足りないと思います。関わる人全員が「ああ、それね」とわかったほうが良い。まして「いつでも、誰でも」という世界を目指すのであれば、直感的にわかりやすい言葉を取り入れていくべきです。今の主流に乗りながら、顧客起点で広げていったほうが、もっと広がっていくと思います。

──顧客起点で考えると、Zohoはポイントを抑えつつ、高度な機能も無理のない価格で使える。AIや専門的なツールで拡張する余地を残しつつ、インフラとなる基盤をしっかり持っておける。これをうまく言語化できれば、顧客起点で、みんなが共有したくなる言葉になりそうだと感じています。

田岡:「顧客管理インフラ」といった言い方は、まだわかりやすいかもしれません。会計ソフトのように、会社にとっての土台になる。そういうイメージです。「クラウド」という言葉さえ、よくわからない、という方もいます。抽象的なものを、もっとわかりやすく、日本の方に伝わるかたちでつくっていける。そこに、余地があると思います。

──最後に、田岡さんが広めてこられたインテントセールスはかなり一般的に浸透しましたが、まったく新しいカテゴリーで、当時はすぐに腹落ちできない、という方も多くいらっしゃいました。今は、どのようにとらえればよいでしょうか。

田岡:ターゲット次第だと思います。先進的な取り組みであるほど、新しさゆえに、わかりやすさはありません。その新しいものに、いかにわかりやすく認識をつけていくかというチャレンジが必要で、わかりやすさだけが正義ではありません。

今はもっぱらAIです。AIが当たり前になりすぎて、もうカテゴリーにはできない、と思われている。けれども、AIはまだ超黎明期です。10年後、どんなAIのカテゴリーが当たり前になるのか。そう考えると、つくるべきカテゴリーは山ほどあります。これは、なかなかのチャンスだと思いますね。

──「SaaS is dead」と言われる中でも、顧客を捉え続けていれば、手段が変わっても選ばれ続けられるのだと感じました。

田岡:そうですね。役に立つものは生き残る。役に立たないSaaSは、生き残らない。それだけのことです。とくにバックオフィスSaaSやビジネスSaaSは、統合されていくと考えています。いくつものツールを使い分けなければならないこと自体が、顧客起点ではありません。「すべてまとめて、これ一つで」というように統合されていったほうが、顧客起点としての価値が生まれる。そうした方向に進んでいく可能性があります。

──今のお話は、Zohoの考え方にも深くつながります。フロントオフィスもバックオフィスも、すべてZohoで完結できる、というのがコンセプトです。田岡さんの言葉でZohoを表現いただいて、より大きな可能性があると思いました。

田岡:可能性は、あるかもしれませんね。

著書「顧客思考の仕事術」自分の価値は、相手の認識の中にある

──最後に、田岡さんの思考をより学ぶため、直近の著書についてお伺いさせてください。1作目の著書ではカテゴリー戦略という大きな枠組みを語られ、次の著書では「人」に焦点を当てていらっしゃいます。今回、人にフォーカスされた理由はありますか。

田岡:一つは、カテゴリー戦略の裾野を広げたい、という思いです。カテゴリー戦略のもっとも本質的な部分を言葉にすると、「顧客思考」になります。顧客の思考を、こちらが思考する。顧客が気づいていない課題を見つけて、解決していく。それが顧客思考であり、ほぼすべての働く人に必要なものだと思います。

本の中では、これを「キャリアの顧客思考」と呼んでいます。相手と一緒に何かが生まれるときは、必ず顧客思考が求められます。結局、価値を決めるのは相手です。相手の視点で考えたときに、何が強みなのか。ほとんどの仕事で重要ですから、そこをまとめることに、いちばん意味があると考えました。

──キャリアを考えるときに自分の内側を掘るよりも、相手の視点から自分の価値を見つけていくほうが重要かもしれませんね。

田岡:本にも書いたのですが、自分探しを一度やめてみても、よいかもしれません。自分の価値は、たいてい自分では決められない。価値は、相手の認識の中にある。だからこそ、多くの人に会ったほうが、自分の価値が見えてきます。悶々とするより、人に会いまくったほうが、突破できるようになります。