はじめに
THE MODELという言葉が日本で一気に広がったきっかけは、福田康隆氏の書籍『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』が2019年に翔泳社から刊行されたことにあります。米セールスフォース・ドットコム社で運用されてきた営業プロセスを体系化し、日本のBtoB企業に橋渡しした一冊として、いまも経営者と営業責任者の間で読み継がれています。
ただし広がるにつれて、書籍が伝えたかった核と異なる解釈も増えてきました。多くの現場では「営業を4部門に切り分けた仕組み」がTHE MODELだと受け止められています。書籍の章立てを見ると、第2部のタイトルは「分業から共業へ」となっており、その中で「分業の副作用」という章まで設けられています。著者は分業の入り口を示しつつ、本題として共業への移行を語っていることがわかります。
PR TIMESが2023年に公表したTHE MODEL型営業組織への調査(n=203)では、導入後に部門間の連携で課題を感じる企業が「非常に感じている」20.3%、「やや感じている」51.7%を合わせて約72%にのぼりました。マーケティング部門で「新規リード数が減少した」と答えた割合も34.5%に達しています。分業の形だけを取り入れた結果、共業の設計が抜け落ちて副作用が表に出てきた現状が読み取れます。
THE MODELの本来の定義と書籍が伝える要点
書籍上の正式な定義は「マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの4部門が、顧客の購買プロセスに沿って共業するためのプロセス設計」です。4部門に名前を分けるところは入り口にすぎず、書籍の力点は次の3点に置かれています。
1点目は、顧客の購買行動が変わった事実です。「営業が顧客に初めて接触するとき、すでに商談プロセスの半分以上は終わっている」という前提が冒頭で示されます。情報収集が終わった状態で接触する顧客に対し、ひとりの営業がすべての段階を担うやり方では追いつかなくなりました。
2点目は、4部門が共通の数字で繋がる構造です。マーケティングが獲得したリード数が、インサイドセールスの母数になります。インサイドセールスが商談化した数が、フィールドセールスの母数になります。フィールドセールスが受注した数が、カスタマーサクセスの母数になります。各部門のゴールが次の部門の入り口になる連鎖を、書籍は「レベニューモデル」と呼んでいます。
3点目は、共業のための仕組みを別途設計する必要がある事実です。組織を分けただけでは部門ごとに利害が分かれ、対立構造を生みます。共通KGI、共通の顧客データ、共通の移行判定基準、これら3つを揃えてはじめて分業が機能します。書籍ではここを「分業から共業へ」と表現しています。
分業だけ真似た企業で起きる副作用
書籍が警告している副作用は、現場で実際に起こっています。代表的なパターンが3つあります。
1つ目はリードの質と量をめぐる部門間の押し付け合いです。マーケティングは月次のリード獲得数を追います。インサイドセールスは商談化率を追います。両者が別々のKPIだけを見ていると、「マーケが渡してくるリードの質が低い」「インサイドの判断基準が厳しすぎる」という主張がぶつかり、改善の議論ではなく責任の押し付け合いに変わっていきます。
2つ目は顧客情報の分断です。マーケティングが把握している関心テーマ、インサイドセールスが電話で聞き取った課題、フィールドセールスが商談で確認した予算と決裁プロセス、カスタマーサクセスがオンボーディングで把握した運用体制、これら4つの情報が4箇所に分散して保持される構造です。顧客側から見ると、部門ごとに違う担当者が同じ質問を繰り返してくる体験になり、不信感が積み上がります。
3つ目は移行判定基準の属人化です。インサイドセールスがどの段階でフィールドセールスに引き渡すか、その基準がチームメンバーごとに異なってしまうと、引き継がれる商談の質がバラバラになります。受注率の分析もできなくなり、改善の手が打てません。
私たちが支援してきた現場でも、ある製造業の中堅企業様で「マーケと営業の対立を解消したい」というご相談から入り、原因を辿るとKPIが部門単位で完結しており、共通指標が一つも置かれていない状態でした。共業を支える土台が抜けていたことが根本原因にあたります。
共業を成立させる3つの土台
書籍が「3つの基本戦略」として整理している内容は、市場戦略、リソースマネジメント、パフォーマンスマネジメントの3点です。この3つを現場で運用可能な形に翻訳すると、共業を支える土台が見えてきます。
共通KGIと連鎖するKPI
各部門が単独で達成できないKGIを上位に置きます。たとえば「年間ARR成長率」を全社共通KGIに据え、その下に各部門のKPIを連鎖させます。マーケティングのリード獲得数、インサイドセールスの商談化数、フィールドセールスの受注金額、カスタマーサクセスの解約率と拡張売上、これらが連鎖して初めてARR成長率が動きます。1部門だけで達成できる構造にしないことが、共業を強制する第一の仕掛けになります。
顧客データの一元化
4部門が同じ顧客レコードを見て動ける環境を整えます。CRMツールやSFAツール上で、リード段階の関心テーマ、商談段階のヒアリング内容、契約後の利用状況、これらが1つの顧客IDに紐づいて時系列で見えるようにします。MAツールを併用する場合は、MAとCRMの連携設計が重要になります。顧客情報の分断が起こる根本原因は、データベースが部門ごとに分かれている構造にあります。
移行判定基準の明文化
部門間で顧客を引き継ぐ際の判定基準を、定性的な表現ではなく定量的な条件で書き出します。マーケティングからインサイドセールスへの引き渡しなら「資料ダウンロード後30日以内に2回以上サイト訪問」、インサイドセールスからフィールドセールスへの引き渡しなら「予算・決裁者・導入時期・課題の4項目が確認済み」、といった具合に条件を揃えます。書籍では商談ステージの「移行判定基準」として詳細が解説されています。
4部門の役割を共業前提で組み直す
共業前提でTHE MODELを組み立てる場合、4部門それぞれの役割定義も変わってきます。
マーケティングは「リード数を稼ぐ部門」から「将来の優良顧客像を定義し、適切な濃度のリードを供給する部門」へ役割が変わります。獲得数だけでなく、インサイドセールスにとっての商談化率まで責任範囲に含めて設計します。
インサイドセールスは「アポイントを取る部門」から「リードの状態を見極め、フィールドセールスに渡すか、ナーチャリングに戻すかを判断する部門」へ変わります。判断の起点になるため、ヒアリング能力と分類能力が問われます。
フィールドセールスは「契約を取る部門」から「顧客の課題解決を設計し、契約後の運用に繋がる前提条件を整える部門」へ変わります。カスタマーサクセスへ引き継ぐ際の情報整備まで担います。
カスタマーサクセスは「サポート部門」から「契約後の定着、利用拡大、紹介創出を担う収益部門」へ変わります。解約率の管理、アップセル提案、既存顧客からの紹介リード創出まで責任を持ち、マーケティングへ顧客の生の声を戻すフィードバックループの起点にもなります。
中小企業が踏むべき現実的な導入手順
中小企業の場合、最初から4部門をフルセットで揃える方法は現実的ではありません。人員規模を踏まえた段階的な進め方を整理します。
第1段階は、現状の営業プロセスを4区分にマッピングするところから始めます。専任部門を作る前に、既存メンバーの業務を「リード獲得」「リード育成と判定」「商談・受注」「契約後の支援」の4つに分類し、誰がどの段階に何時間費やしているかを可視化します。
第2段階で、CRMやSFAを軸とした顧客データの一元化に着手します。Excelや個人メモに散らばっている顧客情報を1つのデータベースに集約し、4区分のステータス管理ができる状態を作ります。
第3段階で、最も負荷の高い段階を専任化します。多くの中小企業ではインサイドセールス機能から専任化するケースが向きます。リード獲得とフィールドセールスは既存リソースで対応しつつ、リードの判定とナーチャリングを担う1名を置くだけでも、商談化率が大きく改善します。
第4段階で、4部門の専任化と共業の仕組みを整えます。共通KGI、移行判定基準、定例の部門横断ミーティング、この3点を揃えて完全なTHE MODELの形になります。
私たちが支援してきた現場でも、ある人材サービスの中堅企業様で第2段階のデータ一元化を半年かけて進めた後に、第3段階のインサイドセールス専任化に着手した事例があります。順序を守った結果、専任化後3ヶ月で商談化率が約1.5倍に伸びました。
導入前に決めておくべき4つの項目
導入の決裁を取る前に、社内で次の4項目について合意を作っておきます。
- 共通KGIをどの指標に置くか。ARR成長率、新規受注金額、LTVから自社の事業モデルに合った1つを選びます。サブスクリプション型ならARR、買い切り型なら新規受注金額が軸になります。
- 顧客データを統合するシステム基盤の選定。CRM、SFA、MAの組み合わせを決めます。中小企業の場合、これら3つの機能が1つに統合された製品を選ぶと、運用負荷とコストが下がります。
- 移行判定基準の初期設計。完璧な基準を最初から作る必要はなく、3ヶ月ごとに見直すサイクルを最初から設計に組み込むことで運用が回り出します。
- 部門間の評価制度。インサイドセールスの評価に「フィールドセールスへ引き渡した商談の受注率」を入れる、フィールドセールスの評価に「カスタマーサクセスへ引き渡した顧客の解約率」を入れる、こうした連鎖を評価制度で強制すると、部門間の利害が自然に揃います。
よくある質問
Q1. THE MODELは中小企業でも導入できますか
導入できます。4部門を一気に揃える必要はなく、段階的に進める前提で組み立てれば、20名規模の企業でも機能します。重要なのは部門数より、顧客データの一元化と共通KGIの設計が先に揃っているかどうかです。
Q2. THE MODELとレベニューモデルの違いは何ですか
書籍上、THE MODELは米セールスフォース社で生まれた営業の分業体制を指し、レベニューモデルは福田康隆氏が10数年かけて発展させた共業前提のプロセス設計を指します。THE MODELが基礎で、レベニューモデルが発展形にあたります。
Q3. インサイドセールスとフィールドセールスの境目はどこに置くべきですか
業界と商材によって変わります。商材単価が低く意思決定が早い領域では、インサイドセールスが受注まで担うケースもあります。商材単価が高く意思決定プロセスが複雑な領域では、フィールドセールスへの引き渡しが必要になります。自社の平均商談単価と商談リードタイムを基準に判断します。
Q4. CRMツールはどのような基準で選ぶべきですか
事業規模と運用体制で選びます。エンタープライズ向けの高機能型、中小企業向けに4部門の機能を統合した一体型、特定領域に特化した型、選択肢は大きく3系統に分かれます。ツール選びの前に、自社のプロセス設計と共通KGIを固めることが先決にあたります。
まとめ
THE MODELの本質は4部門に分けることではなく、4部門が共通の数字と顧客データを軸に共業する設計思想にあります。福田康隆氏の書籍が副題で「共業プロセス」と明示している通り、分業はあくまで入り口であり、共業を成立させる土台を整えてはじめてTHE MODELは機能します。共通KGI、顧客データの一元化、移行判定基準の明文化、この3つの土台が揃っているかどうかで、導入の成否が決まります。自社の現状を4区分にマッピングし、データ統合の段階から着手する手順を踏めば、中小企業でも段階的に組み立てられます。次の一歩として、まずは現状の営業プロセスを4区分に分解し、共通KGIに何を据えるかを社内で議論してみてください。